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改正相続法を知ろう!~連載第5回~

改正相続法を知ろう!

                           弁護士・北海道大学名誉教授 吉田克己

連載第5回 特別の寄与

【問題状況】

 Aさんは、奥さんのBさんに先立たれたのち、長男であるCさん夫婦と同居して生活することになりました。Aさんは、歳を重ねるに応じて身体的・精神的能力が減退し、日常的な世話だけではなく、介護が必要な状態になりました。Cさんは会社員で、Aさんの介護に当たることはできず、Cさんの奥さんであるDさんがAさんの介護に当たっていました。Aさんが死亡して相続が開始しました。相続人は、長男のCさんと長女のEさん、次男のFさんの3人です。実際にAさんの介護に当たったDさんは、この相続の中で、提供した介護の見返りとして、何らかの財産を受け取ることができるでしょうか。

【現行制度の下での解決】

1 寄与分

 仮に上記の【問題状況】において、介護を提供したのが相続人であるCさんだったとします。その場合には、寄与分制度(民法904条の2)の利用が可能です。寄与分と認められるためには、Cの介護提供が被相続人Aさんの財産の維持または増加について特別の寄与と言えるなど一定の要件を満たすことが必要ですが、その要件はクリアしているとします。そうしますと、Cさんは、相続における自分の取分を、寄与に応じて増やすことができます。

 具体的に計算してみますと、Aさんの遺産の評価額が9000万円だったとします。これに対して、Cさんが提供した介護の価額が3000万円と評価されたとします。そうしますと、9000万円のうち3000万円分はCさんの寄与ですのでこれを差し引いた6000万円がAさんの実質的な遺産ということになります。これを3人の相続人で均等に分けますと、各人2000万円ということになります。その上で、Cさんは、この2000万円に自分の寄与に相当する3000万円を上乗せした額である5000万円を相続によって受け取れるのです。結局、9000万円の遺産は、Cさんに5000万円、Eさん、Fさんに各2000万円と分けられることになります。

 しかし、この制度が使えるためには、介護等の寄与を行った者が相続人であることが必要です。この制度は、あくまで相続人間の公平を確保するための制度として作られたからです。相続人以外の者が介護等の寄与を行った場合には、現行法の寄与分制度を使うことはできません。したがって、【問題状況】に登場するDさんは、いわゆる「長男の嫁」であって、Aさんの相続人ではありませんので、現行の寄与分制度は使うことができないということになるわけです。

2 不当利得法理

 QさんがPさんの求めに応じてPさんの仕事の一部を手伝ったとします。Pさんは、その仕事の報酬をRさんから得ています。このような場合には、誰でも、Qさんは、Pさんに対して仕事の対価を求めることができると考えるでしょう。実際に、通常は、PQ間で報酬支払いに関する合意が存在すると認定されるでしょう。その場合には、Qさんは、合意に基づく仕事の対価をPさんに求めることができます。その認定が難しい場合でも、Qさんは、不当利得法理によって、Pさんに対して対価に相当する金額の支払いを請求することができます。Pさんには、Qさんが提供した労務の利益を保持する正当な理由がないからです。これを不当利得法理といいます。

 この不当利得法理に基づいて、【問題状況】におけるDさんがAさん(実際にはAさんは死亡していますから、その相続人)に対して介護の対価を請求するという方向も考えられます。しかし、この方向でDさんの貢献を保護しようとすると、そこには現実にはなかなか難しい問題があります。Dさんは、Aさんの義理の娘の立場にあります。このような場合には、DさんとAさんの間には、無償で介護を行うという黙示の合意が存在したと認定される可能性があるのです。そのように認定されますと、不当利得法理に基づくDさんの請求は、認められる余地がありません。

3 Cさんの寄与分としての評価

 そこで、現実には、しばしばDさんの寄与をCさんの寄与と評価して、寄与分制度を利用するという解決が採用されています。その際に援用されるのが、履行補助者法理です。つまり、Dさんは、Cさんの義務の履行を補助する立場にある者であるから、Dさんの行為は法的にはCさんの行為と評価されるということです。

 しかし、この考え方には、そもそも介護をCさんの義務と見るべきかという問題があります。さら根本的には、夫Cさんとの関係で対等平等で独立の人格であるべきDさんを、Cさんの補助者と構成し、Dさんの寄与をCさんに吸収させてしまうのは如何なものかという疑問が残ります。結局、この考え方は、妥当な結果を導くための方便にすぎず、本来のあるべき解決にはほど遠いというべきでしょう。

 このような問題状況を踏まえて、立法的解決を行ったのが、今回の「特別の寄与」制度の新設です。

【特別寄与料請求権の発生】

1 寄与行為の態様と無償性

(1)寄与行為の態様

 改正民法によれば、「被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与」をした「被相続人の親族」には、特別寄与料の請求が認められます(1050条1項)。この要件の設定は、基本的には、現行の寄与分と同じで、現行寄与分が相続人に対してだけ認められていたのを、それに限定せずに「被相続人の親族」にも同様の保護を認めるのが、改正民法の趣旨だと考えられます。

 ただ、現行の寄与分制度においては、寄与行為の例示として「被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法」が挙げられています。農業経営の後継者(たとえば長男)が無償で経営主である父親の経営を手伝っていたような場合が、現行の寄与分制度が適用される典型例と考えられていたことを反映する例示です。これに対して、改正民法の特別の寄与では、「療養看護その他の労務の提供」が例示されています。改正民法の特別の寄与は、相続人以外の者(たとえば「長男の嫁」)による介護提供を制度適用の主要な対象と考えているのです。このような制度対象として想定されるものの違いが、例示の違いにも表現されているわけです。

(2)寄与行為の無償性

 上記の条文の引用にも示されていますように、特別寄与料が認められるためには、それが無償で提供されていたことが必要です。したがって、【問題の所在】にあるAさんがDさんに、生前に相当額の贈与をしていたような場合や、相当額の遺贈をしていた場合には、特別寄与料は認められません。日常的に謝礼を渡していたような場合には、微妙です。その額や支払い態様から介護等の対価と認められる場合には、無償性を否定されますが、単なる感謝の意を表明する儀礼的なものにすぎないと評価される場合には、なお無償だと評価されるべきでしょう。要は、全体を見て無償と評価すべきか無償性を否定すべきかを判断することになります。

2 請求権者

 上記の引用にあるように、「被相続人の親族」が特別寄与料を請求することができます。「親族」の範囲は、民法725条に規定されています。「6親等内の血族」「配偶者」「3親等内の姻族」です。しばしば問題になる「長男の嫁」は、1親等の姻族ですから、請求権者に当然に入ります。これ以外では、被相続人の兄弟姉妹およびその配偶者、被相続人の兄弟姉妹の子およびその配偶者等が含まれます。いままで、民法の「親族」概念は家族関係の法的処理に際してさほど大きな役割を果たしていませんでしたが、この特別寄与料の関係では、大きな意味を今後持つことになります。

 この範囲をどのように定めるかは、改正法が成立するまでに、さまざまな意見の対立がありました。特別寄与料が基本的には不当利得の性格を持つことを強調しますと、無償で介護を提供した者のすべてにそれを認めるのが筋で、請求権者を特に限定する必要はなくなるでしょう。しかし、それでは、相続紛争の複雑化・長期化を招くという強い異論がありました。また、被相続人と関係が遠い者が介護を提供する場合には、契約関係で処理することができるし、そうすべきだ、したがって、特別寄与料がカバーする者の範囲は、ある程度限定をかけてよいという議論もありました。結局、両者の考え方を折衷する形で、一定の限定をかけるが、その限定はあまり厳格なものにはしないということで、改正法の考え方になったのです。

3 特別寄与料の額

 まず当事者間で協議を行って特別寄与料の額を決めます。当事者間の協議で決めることができない場合には、家庭裁判所に決めてもらいます(1050条2項)。これは、寄与分額の決め方と基本的に同じです(904条の2第2項参照)。

 療養看護型の寄与分の場合には、第三者が同様の療養看護を行った場合における日当額に療養看護の日数を乗じた額に、一定の裁量的割合(0.5から0.7の間で定められることが多いと言われています)を乗じて算定するものとされています。特別寄与料額の算定についても、同様の考え方が採用されることになるでしょう。

 なお、以上のように算定した額は、介護期間が長期にわたるような場合には、相当程度に多額になることがありえます。しかし、特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時に有していた財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができません(1050条)。このような限定がありませんと、相続人は、自分が相続から受ける利益を超えて、特別寄与料を支払う義務を負ってしまうことになります。それは相当ではないという考え方に立つ限定です(なお、寄与分制度についても、同様の限定が存在します。904条の2第3項)。

【特別寄与料請求権の行使】

1 具体的イメージ

 【問題の所在】の例を使い、Dさんの特別寄与料が3000万円と評価されるものとします。そうしますと、Dさんは、この3000万円を「相続人に対し」(1050条1項)請求することになります。具体的には、C、E、F3人の相続人に対して、各1000万円ずつ請求するわけです。C、E、Fの3人は、それぞれ9000万円の遺産から3000万円の配分を受けます。その中からDさんに対して、1000万円の支払いを行うわけです。その結果、C、E、Fの3人は、相続によって2000万円の利益を得ることになります。

 CさんとDさんの夫婦について見ますと、その合計は、5000万円になります。これは、DさんをCさんの履行補助者と見る場合と同じですが、その場合には、Cさんだけが利益を得ます。改正法の下では、CさんとDさんは独立の人格と扱われ、それぞれ独自の権利を確保されることになります。

2 権利行使期間の制限

 Dさんの特別寄与料請求権は、基本的には不当利得法理に基礎を置く財産上の権利です。そうであれば、通常の債権と同様に、5年または10年の消滅時効(166条1項)に服するという考え方もありうるでしょう。

しかし、他方では、この請求権は、相続手続と密接に関連しています。そして、相続手続においては、さまざまな短期の権利行使期間が定められています。そのような点を考慮しますと、特別寄与料についても短期の権利行使期間を設けるという考え方には、合理性があるでしょう。実際に、改正法は、特別寄与料請求権の行使について、「特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6箇月」以内および「相続開始の時から1年」以内という制限を設けています(1050条2項ただし書)。

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